伊是名村伊是名の神アサギ(附拝所)
- 本島周辺離島
- 伊是名島
伊是名村伊是名の神事に欠かせない村人の心の拠りどころ
伊是名村伊是名の神アサギは伊是名島伊是名集落にあり、麦大祭(麦の収穫を感謝する祭)、ウンザミ(海神祭)、シヌグ(収穫を終え、次の新しい農作を始める前に行われる祭)...
伊是名城跡
- 本島周辺離島
- 伊是名島
三方が海や絶壁になった、難攻不落の城
伊是名城は、第一尚氏王統尚巴志(しょう・はし)の祖父、鮫川(さめかわ)大主の築城した城だと使えられています。 島の東端海岸に接し、ピラミッドのように切り立った...
伊是名村仲田の神アサギ(附宅地)
- 本島周辺離島
- 伊是名島
伊是名村仲田のウンザミなど祭りに欠かせない神事の場
伊是名村仲田の神アサギは伊是名島仲田集落の屋号「仲田アサギ」の前庭にあり、稲大祭(稲の収穫を感謝する祭)、麦大祭(麦の収穫を感謝する祭)、ウンザミ(海神祭)、シヌ...
伊是名村諸見の神アサギ(附拝所)
- 本島周辺離島
- 伊是名島
尚円王生誕地「みほそ所」に隣接する、祭祀をおこなう場所
伊是名村諸見の神アサギは伊是名島諸見集落にあり、琉球王国第二尚氏の始祖、尚円(しょう・えん)王生誕地の屋敷跡「みほそ所」に隣接しています。 稲大祭(稲の収穫を...
「むんじゅる節」の歌碑
- 本島周辺離島
- 粟国島
粟国村発祥の唄「むんじゅる節」
「むんじゅる節」の歌碑は、粟国村発祥の「むんじゅる節」が粟国村無形文化財に指定されたのを記念して洞寺公園に設置されました。歌碑とともにむんじゅる笠を持って踊...
富盛の石彫大獅子(県指定有形民俗文化財)
八重瀬岳を静かに見つめる、最大で最古の石獅子
富盛の石彫大獅子は、ヒーゲーシ(火返し)として、1689年に置かれた獅子です。 『球陽』という本に「その昔、火事が多かった富盛村が風水師に相談したところ、ヒー...
豊見城市歴史民俗資料展示室
- 本島南部
- 豊見城市
豊見城市の特徴や歴史・文化がまるわかり
豊見城市歴史民俗資料展示室は、豊見城市の歴史・文化を紹介する展示室です。 地域の特徴や歴史について分かりやすく紹介しており、豊見城市の観光や歴史に興味のあ...
真珠道跡
- 本島南部
- 那覇市
「倭寇」をはじめとした外海からの脅威に対しての防衛軍用路
真珠道は、首里城を起点として金城坂(首里金城石畳道)、識名坂(しちなんだびら)、国場を通り、真玉橋、豊見城城、宇栄原、田原、屋良座森城(やらざむいぐすく)を結ぶ、...
龍潭(県指定史跡)
- 本島南部
- 那覇市
冊封使歓待の宴が華やかに催された首里城外苑の池
******************************************************************************* 【首里城公園の開園区域について】 2019年10月31日に発生した首里城正殿をはじめ...
旧円覚寺総門(県指定有形文化財)
- 本島南部
- 那覇市
重厚味のある沖縄建築を代表する建物のひとつ
旧円覚寺総門は、その正面にある第一門です。三間二面、一戸・単層・入母屋造本瓦葺きの八脚門形式で、中央一間に両開桟唐戸を設けてあり、正面部分は吹き抜けで、その...
守礼門
- 本島南部
- 那覇市
「守禮之邦」の扁額(へんがく)を掲げる首里城第二の坊門
守礼門は首里城第二の城門です。首里城は石垣と城門の多い城ですが、中でもデザイン上バランスがとれて優美な雰囲気の代表的な門が守礼門です。 16世紀の創建で、そ...
内間御殿(国指定史跡)
- 本島中部
- 西原町
尚円王ゆかりの地に建てられた神殿
内間御殿は、琉球王朝第二尚氏の始祖、金丸(のちの尚円王)の旧宅跡地に建てられた神殿(東殿)を中心とする祭祀施設です。 金丸は1454年、尚泰久王により西原間切...
ホートゥガー
- 本島中部
- うるま市
海のそばに湧水!鳩が見つけたという伝説が残る泉
ホートゥガーは、鳩(ホートゥ)が見つけたということから、この名前がついたといわれる井戸(ガー)です。 昔、日照りが続いていた時に、ある鳩がいつも羽を濡らし...
天女橋(国指定重要文化財)
- 本島南部
- 那覇市
日本、中国などの意匠や技法を巧みに組み合わせたアーチ橋
天女橋は、円鑑池(えんかんち)の北岸から中島へ架かる橋で、高欄付石造アーチ橋で、橋台は石灰岩の切石を布積みし、拱石は長い石を2枚と3枚継ぎとして梁石は長尺ものを...
龍淵橋(県指定有形文化財)
- 本島南部
- 那覇市
弁財天堂のある円鑑池と龍潭池との間に架かるアーチ橋
龍淵橋は、弁財天堂のある円鑑池(えんかんち)と龍潭(りゅうたん)との間の水路上に架かる、長さ9m、幅1.5mのアーチ橋です。建造年は1502年で、天女橋と同時期と思われま...
旧崇元寺第一門及び石牆(国指定重要文化財)
- 本島南部
- 那覇市
独創的な意匠による、沖縄の代表的な石造建築のひとつ
崇元寺は臨済宗の寺で、山号を霊徳山(れいとくざん)といい、創建は1527年と推測されています。 王府時代には舜天(しゅんてん)王...
ヒジ川橋及び取付道路(県指定有形文化財)
- 本島南部
- 那覇市
首里城から王家の別邸・識名園へ向かう道の途中に架けられた石橋とその取付道路
ヒジ川橋及び取付道路は、首里崎山町にあった御茶屋御殿(うちゃやうどぅん)から識名園(しきなえん)へ至る途中の安里川に架けられた石橋とその取付道路です。建造は識名...
末吉宮磴道(県指定有形文化財)
- 本島南部
- 那覇市
琉球八社の1つで社壇(しゃだん)とも呼ばれている末吉宮の参道から本殿までの石造階段
末吉宮磴道は、首里城の北方にある末吉宮の参道から本殿までの石段階段です。 築造は、本殿と同じ尚泰久(しょう・たいきゅう)王代の1456年頃と推定されます。 参...
旧円覚寺放生橋(国指定重要文化財)
- 本島南部
- 那覇市
円覚寺境内の放生池に架けられ、沖縄の石材彫刻美術の最高傑作と賞される石橋
旧円覚寺放生橋は、旧円覚寺総門と山門の間に設けられた放生池に架けられた橋です。高欄親柱の刻銘より1498年に築造されたことがわかります。 放生橋は、長方形に切...
伊江御殿墓(国指定重要文化財)
- 本島南部
- 那覇市
近代の亀甲墓の要素を全て備えた、県内最古の亀甲墓
伊江御殿墓は、第2尚氏王統第4代尚清(しょう・せい)王の7子朝義(ちょうぎ)を祖とする名家の墓です。 墓域は2266平方メートルで、墓本体は幅約11m、奥行きが約17m、面...
佐敷上グスク(市指定史跡)
- 本島南部
- 南城市
三山を統一した尚巴志とその父尚思招の居城
佐敷上グスクは、琉球三山統一を果たした尚巴志(しょうはし)とその父である尚思招(しょうししょう)の居城で、島添大里グスク(しましーおおざとぐすく)を攻め落と...
知念城跡(国指定史跡)
沖縄最古の歌集「おもろそうし」にも謡われた知念按司の居城
知念城跡は、知念按司の居城であると伝えられ、東西に連なる二つの郭からなり、東側を古城(クーグスク)、西側を新城(ミーグスク)と呼んでいます。 クーグスクは...
佐敷ようどれ(県指定史跡)
琉球王国の三山統一の覇者、尚巴志の家族が眠る墓
佐敷ようどれは、尚巴志(しょう・はし)の父・尚思紹(しょう・ししょう)夫妻ら家族7人の遺骨が安置されている墓です。 尚巴志は1402年に父である尚思紹のあとを継いで...
大城按司の墓(県指定有形文化財)
沖縄の一般的な墓とは異なるドーム型の墓
大城按司の墓は、14世紀中期から末期ころ大城グスクの城主であった大城按司(あじ:領主的豪族)のもので、当初大城按司の亡骸は稲福村の西に埋葬され、小石を円く積み上げ...
仲村渠樋川(国指定重要文化財)
五右衛門風呂付の樋川(ひーじゃー)は県内でここだけ
仲村渠樋川は、仲村渠集落の共同用水施設で、沖縄の伝統的な石造井泉を代表するものです。 地元ではウフガーと呼ばれる湧泉で、古くは松の木の樋1本を据えた程度の...
垣花城跡(県指定史跡)
突き通す沖縄の陽射しをも完全に遮るうっそうとした木々に覆われたグスク
垣花城は標高120mに位置し、眼下に霊泉・受水走水(うきんじゅはいんじゅ)や全国名水百選に選定された垣花の共同井戸・垣花樋川(かきのはなひーじゃー)やミントングス...
ミントングスク(県指定史跡)
階段を上ると周囲とは全く異なる雰囲気の神域と呼ばれる場所が広がる
ミントングスクは、標高110mの古いグスクです。階段を上ると周囲とは全く異なる雰囲気の少し広い森の中の空地に出て、そこには何箇所かの拝所があります。 伝説によ...
玉城城跡(国指定史跡)
自然岩をくりぬいた城門は、月夜に真っ赤な艶やかな勾玉になる
玉城城は、琉球開闢神アマミキヨが築き、その子孫の天孫氏が城主であったと言われています。その後、英祖王統4代目の玉城王が王子時代に居城していましたが、後に王位に...
糸数城跡(国指定史跡)
龍が青く澄み切った沖縄の天空に舞うような城壁を持つ南部最大のグスク
糸数城跡は、南城市字玉城糸数集落の東側に位置し、標高180m前後の琉球石灰岩の丘上にあります。沖縄のグスクの中でも群を抜く城構え、城壁を持ちます。 糸数城を特...
具志川城跡 (糸満)(国指定史跡)
沖縄本島の南端、喜屋武岬の海岸断崖に立地する三方を海に囲まれたグスク
具志川城跡(糸満)は、沖縄本島南端の喜屋武岬(きゃんみさき)の西海岸に突き出た断崖に築かれた城で、城門の東側以外三方が海に面しています。 城壁は高さが5~10mあ...
新垣家住宅(国指定重要文化財)
- 本島南部
- 那覇市
伝統的な壺屋陶工の住宅形式を知る上で唯一残された貴重な建造物
新垣家住宅は、那覇市壺屋に所在する陶工の住宅で、1974(昭和49年)まで陶業を営んでいました。 約400坪の屋敷内には、奇跡的に沖縄戦の戦火を免れた登り窯と井戸、沈...
壺屋の荒焼のぼり窯附石牆(県指定有形文化財)
- 本島南部
- 那覇市
王府が陶窯を統合し、新設した陶芸の里・壺屋に現存する唯一の荒焼窯
壺屋の荒焼のぼり窯は、美里の知花(みさとのちばな)、首里の宝口(しゅりのたからぐち)、那覇の湧田(なはのわくた)の3カ所にあった窯が、1682年王府により那覇の牧志(ま...
シルミチュ-(市指定有形民俗文化財)
- 本島中部
琉球開びゃくの祖神、アマミチューとシルミチューが住み子供をもうけた場所
シルミチューは、琉球開びゃくの祖神、アマミチュー(アマミキヨ)、シルミチュー(シネリキヨ)が住み子供をもうけたと伝えられている場所です。 その場所は、うるま市...
アマミチューの墓(市指定史跡)
- 本島中部
古くから各地からの参拝者が絶えない、信仰圏の広い貴重な霊場
アマミチューの墓は、うるま市浜比嘉島(はまひがじま)の字比嘉比嘉地区の東方海岸にあるアマジンと呼ばれる岩ばかりの小島の洞穴を囲い込んだ場所にあります。 琉球...
平敷屋タキノー(市指定史跡)
- 本島中部
平敷屋朝敏がため池を作る際に、掘り出した土を盛って築いた丘
平敷屋タキノーは、うるま市勝連平敷屋(かつれんへしきや)の南端にある標高約70mの小さな丘陵です。 王府時代の和文学者として知られる平敷屋朝敏(へしきや ちょうび...
ワイトゥイ(市指定史跡)
- 本島中部
ワイトゥイ=岩を割って取った その名の通り強固な岩山をくりぬく難工事で完成した悲願の農道
ワイトゥイはうるま市勝連(うるましかつれん)の平安名(へんな)集落に築かれた断崖を掘削した農道で、岩を割って取ったという意味から「ワイトゥイ」と呼ばれています。...
安慶名城跡(国指定史跡)
- 本島中部
自然の地形を巧みに利用してつくられたミステリアスな雰囲気が漂う山城
安慶名グスクは、14世紀頃、安慶名按司(あじ:領主的豪族)が築いたといわれており、自然の断崖と急斜面を巧みに利用した山城です。城の形態は、外側と内側に二重の石垣...
伊波城跡(県指定史跡)
- 本島中部
北側の断崖を除いた東、南、西側に、自然石を積み上げ(野面積み)、一重に巡らされた「コ」の字形の城壁が残る
伊波城跡はうるま市石川の標高87mの丘陵に位置し、東西45m、南北52mの範囲に一重の石垣をめぐらせた単郭式の比較的小規模のグスクです。自然のままの石を積み上げた野面...
御殿山(浜の御殿)(町指定史跡)
王府の神事と関わりの深い、天女が舞い降りた聖地
浜の御殿は、琉球王朝時代「御新下り(おあらおり)」と呼ばれる聞得大君(きこえおおぎみ)の即位儀礼の際、首里を出発して最初の休憩地として仮御殿が建てられた場所です...
摩文仁家の墓(県指定有形文化財)
入口は観音開きで、墓室内には6本の石柱が立ち、住居のような珍しい造りの墓
摩文仁家は、第二尚氏 尚質王(しょうしつおう)の第二子尚弘毅(しょうこうき:1647~1686)、大里朝亮(おおざとちょうりょう)を大祖とする家系で、その墓は南風原町の大...







































