舞台を知りたい
ドラマに出てくる沖縄音楽
「芸能の島」と呼ばれる沖縄では、今も昔も、歌や踊りがごく自然に日常生活と密着しています。琉球王朝時代には、外国からの使節団をもてなす宮廷芸能として琉球古典音楽や琉球舞踊が作られ、独自の発展を遂げてきました。一方、庶民の間では民謡が生まれ、労働歌や祝い歌、遊び歌、教訓歌など、島ごとに多彩な民謡が歌い継がれています。歌の伴奏に用いられるのは、胴にニシキヘビの皮を張った三本弦の楽器「三線(さんしん)」。先の沖縄戦で島が焦土と化し、アメリカ軍の占領下となった後も、人々は捕虜収容所で空き缶を胴に「カンカラ三線」を作り、民謡を歌って心を慰めてきました。
そんな民謡の中でも、「ちむどんどん」の第一週目で暢子の父・賢三が歌っていた「てぃんさぐぬ花」と「唐船ドーイ」は、とてもポピュラーな曲です。沖縄に生まれ育った人なら、誰もが知っていると言っても過言ではありません。
賢三は、そして家族は、これらの曲をどんな思いで歌い、聴き、踊っていたのでしょう。ここでは、沖縄で民謡歌手・島太鼓奏者として活躍するひがけい子さんをナビゲーターに迎え、これらの曲が沖縄県民にどのように愛され歌い継がれてきたのか、その背景に迫ります。
親の愛の深さを歌った「てぃんさぐぬ花」
てぃんさぐぬ花や(てぃんさぐぬはなや) 爪先に染みてぃ(ちみさちにすみてぃ) 親ぬ寄事や(うやぬゆしぐとぅや) 肝に染みり(ちむにすみり) 訳)ホウセンカの花は爪の先に染めて、親の教えは心に染めなさい。 天ぬ群星や(てぃんぬむりぶしや) 読みば読まりゆい(ゆみばゆまりゆい) 親ぬ寄事や(うやぬゆしぐとぅや) 読みやならん(ゆみやならん) 訳)天に輝くたくさんの星の数は、数えようと思えば数えられるが、親からの教えは数えられない。
「てぃんさぐぬ花」は、沖縄を代表する教訓歌の一つ。「てぃんさぐ」はホウセンカのことで、昔は女性がホウセンカの花を摘んで揉み、爪に乗せて染める風習がありました(これはおしゃれというより、魔除けのまじないの意味が強かったようです)。そうやって爪に色を染みこませるように、親の教えは肝(ちむ=心)に染みこませなさい、とのメッセージが歌われています。
そして二番の歌詞について、けい子さんは「親の愛を歌ったものですね」と語ります。
「実際に星の数を数えようとしたら、ものすごく大変なはずなのに、親の教えはそれ以上にたくさんあるんだと歌っている。この表現はすごいですよね。数え切れないほどたくさんの教えを子に与える、それは親から子への愛情だと思います」
けい子さん自身、両親から大きな愛情を受けて育ったといいます。沖縄本島中部の読谷村楚辺で、芸能好きな父のもとに生まれたけい子さんは、物心ついたときには太鼓を持って舞台に立ち、姉3人とともに地域の祝い事やイベントで芸能を披露していました。1964年には父のプロデュースで、四姉妹民謡グループ「でいご娘」を結成。活動も軌道に乗っていた1973年、突然不慮の交通事故で両親が他界します。四姉妹は悲しみに暮れるも、「父の残した曲を世に出したい」と、翌々年に「艦砲ぬ喰ぇー残さー(かんぽうぬくぇーぬくさー)」をリリースし、沖縄で大ヒットしました。以降、けい子さんは「自分が元気をなくしたら親が悲しむから、がんばらないといけない」との思いで、芸能活動に取り組んできたそうです。
「てぃんさぐぬ花は子どもの頃から好きな歌でしたが、両親が亡くなった後は、歌詞に込められた親の思いを、さらに深く感じるようになりました。今もこの歌を歌うときは両親の顔を思い浮かべますし、両親がずっと私を見守ってくれていると感じています」
ドラマでは、第5話で父・賢三が子ども達の寝顔を眺め、「何でもしてやりたいのに、肝心なことは何もしてやれない」とつぶやいた後、「てぃんさぐぬ花」を歌っていました。この歌には、父から子への深い愛情が込められていたのですね。
ちむどんどんしてカチャーシー!「唐船ドーイ」
唐船(とうしん)ドーイ さんてぇーまん 一散走(いっさんは)えーならんしや ユイヤネー 若狭町村ぬサー瀬名波(しなふぁ)ぬタンメー ハイヤセンスルユイヤナ 訳)中国からの船が着いたぞ!と言っても、一目散に走れないのは、若狭村の瀬名波のおじいさんだ。
「唐船ドーイ」はドラマの第4話、比嘉家での宴会シーンに登場した曲です。賢三が三線を弾きながらこの曲を歌い、それに合わせて家族が庭でカチャーシーを踊ります。カチャーシーは、沖縄で祝いの席や宴会が盛り上がったときに踊られる手踊りのこと。両手を頭上に上げて左右に振り、リズムに合わせてステップを踏みます。
結婚式の締めくくりも、沖縄ではカチャーシーが定番。けい子さんは「私の場合、シーミー(清明祭)で親戚が集まったときに踊っていた記憶があります」と振り返ります。
※シーミーは、旧暦の二十四節気「清明」の時期(4月頃)に行われるお墓参りの行事。親戚一同がお墓に集まり、先祖供養を行ったのち墓の前にごちそうを並べ、にぎやかに会食します。
また「唐船ドーイ」は、エイサーの定番曲でもあります。エイサーは、沖縄本島中部を中心に発展してきた伝統芸能で、民謡曲に合わせて太鼓を叩きながら踊るものです。もともとはお盆(沖縄では旧盆)のとき、先祖供養のために行われていた行事ですが、近年はエイサー自体が伝統芸能の一つとして定着しており、時期を問わずイベントなどでも披露されるようになっています。
「唐船ドーイ」はカチャーシーでもエイサーでも、盛り上がりが最高潮に達した終盤に登場することが多いと、けい子さんは語ります。
「カチャーシーやエイサーで使われる早弾き曲はたくさんありますが、唐船ドーイはその中でも一番ウキウキする曲ですね。テンポが『イチニ、イチニ』とノリやすいので、みんなついつい踊りたくなって、腰が浮いてしまうんです(笑)。沖縄の音楽に慣れていない県外の方も、唐船ドーイは踊りやすいと思いますよ」
一番の歌詞の内容は、中国からの船が港に着いたときの街のようすを歌ったもので、人々のワクワクする心情が表現されています。二番以降は、歌い手によってさまざまな歌詞が使われますが、けい子さんは次の歌詞がお気に入りだそうです(冒頭の動画でも、二番はこの歌詞で歌っています)。
畦ん越いる水や(あぶしんくぃるみじや) うやぎりば止まる(うやぎりばとぅまる) 我が二十歳頃や(わがはたちぐぅるや) 止みぬなゆみ(とぅみぬなゆみ) 訳)田の畦を越えてくる水は止められるが、20歳の(若い)私の気持ちは止めることができない。
「止められないのは、遊びたい気持ちなのか、恋する気持ちなのか、わかりませんが(笑)、若者らしい熱い思いが感じられて、すごく好きな歌詞です。まさに『ちむどんどん』ですよね」
ちなみにカチャーシーを踊るときのコツは、「手首を折ること」だそう。「手を左右に振るだけでも全然いいんですが、手のひらを返すときに手首を折るようにすると、沖縄らしい踊りになりますよ」
【オマケ画像】
沖縄で民謡ライブを聴こう!
沖縄には、食事やお酒とともに沖縄民謡を楽しめるお店がたくさんあります。今回はその中から、那覇市の国際通りにある2軒をご紹介。「沖縄民謡を聴くのは初めて」という人も、気軽に足を運んでみて。
ライブハウス島唄
沖縄民謡界の大御所・知名定男がプロデュースする女性4人組沖縄ポップスグループ「ネーネーズ」が出演するライブハウス。沖縄ポップスから本格的な民謡まで、幅広く楽しめる。
- 住所
- 沖縄県那覇市牧志1-2-31 ハイサイおきなわビル3F(国際通り沿い)
- TEL
- 098-863-6040
- 営業時間
- 18:00~22:30(ステージは19:00/20:10/21:20の3回)
- ライブチャージ
- 大人2310円/小中高生1100円/幼児無料
- 定休日
- 火・水
- ウェブサイト
- http://livehousesimauta.com/
民謡ステージ歌姫
「島の歌姫」と呼ばれる人気唄者・我如古より子がオーナーを務め、自らも出演する民謡酒場。ライブを見るだけでなく、客席からの飛び入り参加もOK。
- 住所
- 沖縄県那覇市牧志1-2-31 ハイサイおきなわビルB1F(国際通り沿い)
- TEL
- 098-863-2425
- 営業時間
- 18:00~24:00(ステージは19:00/20:00/21:00/22:00/23:00の5回)
- ライブチャージ
- ¥1,000
- 定休日
- 水