ピィトゥマタウガム゜(多良間村指定文化財 史跡)
八月踊りが演じられる塩川地区の史跡
塩川字の八月豊年祭(八月踊り)を公演する場所。守護神の祠が境内の東側に位置し、その西側には舞台が北向きに設けられています。八月御願にはここを出発し、字内各御嶽に参拝し、豊年の感謝と祈願を捧げ、この広場で奉納余興が盛大に演じられます。
(出典:多良間村教育委員会)
- 住所
- 宮古郡多良間村字塩川387
車で約10分
普天間港
島の暮らしと旅人をつなぐ、もうひとつの港
普天間港は、島の暮らしを静かに支えてきた大切な港です。漁船が行き交い、海と共に生きる島の日常が感じられる風景が広がります。時間帯によって表情を変える海や空は、思わず足を止めたくなる美しさ。観光の合間に立ち寄れば、島の穏やかな時間や人々の営みを、より身近に感じられる場所です。
冬の時期は、宮古島と多良間島を結ぶ定期船が発着する港にもなります。
- 住所
- 宮古郡多良間村塩川
徒歩で約5分
普天間御嶽(多良間村指定文化財 史跡)
森の中にたたずむ船守の神
島の東南に位置し、海岸植物としての琉球蓮の葉桐(トゥカナッジャ)やテリハボクのめだつ森の中にあります。
船守の神として祀られ、船舶の航海安全、とりわけ旅立ちをする人々が祈願します。祭事をはじめた年代は明らかではありませんが、二百五十年余以前からはじめられたと考えられています。
(出典:多良間村教育委員会)
- 住所
- 宮古郡多良間村塩川
車で約1分
宮古製糖多良間工場
多良間島の黒糖生産の中心的な拠点
多良間島では200戸以上の農家がさとうきびを栽培し、島全体で年間約3,000トンの黒糖が生産されています。この量は沖縄県全体の約4割を占め、日本一の生産量を誇ります。
一般向けの工場見学は行われていませんが、黒糖の香りが漂う製糖期(主に12〜3月頃)は、工場周辺で甘い香りを感じることができます。
- 住所
- 宮古郡多良間村塩川 2823-3
車で約10分
報恩の碑(多良間村指定記念物 史跡)
沖縄県多良間村と岩手県宮古市の絆の証
安政五年(1857)8月末、奥州宮古(岩手県宮古市)の藤原善兵衛船長以下7名の乗り組んだ商船善宝丸が宮古を出帆し、9月28日江戸に着き、諸用を終えて11月10日浦賀港を出航した。順風に乗って銚子崎まで下ったところ翌11日南西の大風となり、波が高く船はその波に食い入るようになり、風まかせに流された。75日間に及ぶ漂流のすえ、1859年1月24日の夜、ここ高穴海岸に座礁し、夜が明けるのを待って上陸した。島民は船長以下7名を53日間にわたって手厚くもてなし、本国に送り帰した。
このことが岩手県宮古市の真言宗長根寺の古文書の中から発見された。そのことに宮古市民が先祖に代わってお礼がしたいとして菊池良三市長他関係者が多良間島に赴き、座礁現場に報恩の碑が建立され、昭和51年11月26日除幕式が行われた。
(出典:多良間村教育委員会)
- 住所
- 宮古郡多良間村高穴海岸
車で約10分
たねび食堂
多良間の旅の思い出に絶対立ち寄りたいお店
たねび食堂は、多良間村にある島の人たちに親しまれている家庭的な食堂です。 「多良間そば」のスープは多良間島の近海、潜り漁でとったイラブチャーやミーバイなど突き魚のアラ出汁、多良間島で育った「マクル豚」の頭豚骨、カツオ出汁をベースにしています。
そば定食には、海人(うみんちゅ)でもある店主が、その日に獲った新鮮な島魚を使った一品が付きます。何が出るかはその日のお楽しみ。うつぼの煮つけなど、他では食べられない掘り出し物に出会えるかも!?
営業時間:11:30~14:00
定休日:日曜日
- 住所
- 宮古郡多良間村字塩川511-2
- TEL
- 080-5705-9872
コースマップ
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Day 22日目
2日目は、多良間島に受け継がれてきた歴史と暮らしを感じる旅へ。ピィトゥマタウガム゜をはじめとする史跡や御嶽を巡り、島の人々が大切に守ってきた祈りの文化に触れます。前泊港や宮古製糖多良間工場では、島の生活と産業を身近に感じられるひとときも。旅の締めくくりは、島の日常が息づくたねび食堂での食事。多良間島らしい、穏やかな余韻を残して旅を終えます。