連載・沖縄こころの旅|首里城復興を支える若きシーサー職人

掲載日:
2026.06.29

沖縄の旅を彩るのは、美しい海や豊かな自然、そして心温まる人との出会いです。
当連載「沖縄こころの旅」では、観光の舞台を支える“人”にスポットを当て、その想いや仕事、沖縄への愛を紹介します。
観光地や飲食店、体験サービスの裏側には、訪れる人を迎える多くの人の物語があります。
人を通して出会う沖縄の魅力を、少しだけ深く旅してみませんか。

INDEX

首里城正殿の鬼瓦とは

首里城正殿の屋根を見守る鬼瓦。その力強い表情には、火災や災いから建物を守るという願いが込められています。2026年11月の完成に向けて復元が進む首里城。その象徴ともいえる鬼瓦には、琉球王国時代から受け継がれてきた技と祈りが息づいています。まずは、首里城正殿を彩る鬼瓦の役割や魅力をご紹介します。

首里城正殿の鬼瓦が持つ意味

鬼瓦は屋根の棟(むね)の先端などに取り付けられる瓦で、火災や災害、悪いものの侵入を防ぐ魔除けとして古くから用いられてきました。

首里城正殿の鬼瓦は一般的な日本の鬼瓦とは異なり、琉球独自の美意識や文化的背景を反映した造形が特徴です。琉球王国の象徴である首里城を守る存在として、建物の高い場所から王都を見守ってきました。その力強い表情には、災厄を払い、人々の平穏を願う先人たちの祈りが込められています。

阿形(あぎょう)と吽形(うんぎょう)、対になる守り神

首里城正殿の鬼瓦は、阿形(あぎょう)と吽形(うんぎょう)の一対で構成されています。阿形は口を開き、吽形は口を閉じた姿をしており、「阿吽(あうん)」として宇宙の始まりと終わりを表すとされています。寺院や神社の仁王像と同様に、対となって建物を守る意味が込められています。
首里城正殿には、阿吽形の2対が正殿正面と背面にそれぞれ取り付けられています。鎌倉古写真の解析により平成復元時より約1.1倍大きく造形されました。

復元に受け継がれる職人の技

2019年の火災で失われた首里城正殿の復元では、過去の資料や調査結果をもとに鬼瓦も再び制作されています。形状や表情、細かな装飾に至るまで、職人たちが試行錯誤を重ねながら製作を進めています。そこには単なる再現ではなく、先人の技術や想いを未来へつなぐという使命が込められています。

シーサー職人・新垣優人さんプロフィール

新垣 優人さん

シーサー職人

1994年、沖縄県生まれ 。
読谷村の窯元「やちむん家」四代目。祖父・父ともにシーサー職人
大学在学中、父・新垣光雄さんが京都・清水寺に奉納した龍の作品を見て感動し、職人の道へ進む決意を固める。
現在の活動は、シーサーや龍などの造形を一体ずつ手作業で制作。「手にした人が幸せになるように」という思いを込めて制作に取り組む 。12星座をモチーフにした作品など、新しい表現にも挑戦 。首里城復興に向けた鬼瓦制作にも参加(2024年)

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新垣優人さんインタビュー

首里城正殿の鬼瓦「阿形(あぎょう)」の制作を担ったのは、若きシーサー職人の新垣優人さん。伝統技術を受け継ぎながらも、自らの感性を作品に吹き込み、多くの人々を魅了しています。琉球の守り神・シーサーと向き合い続ける新垣さんの歩みをたどりながら、その人となりに迫ります。

首里城正殿の鬼瓦制作について

首里城正殿の鬼瓦の制作に携わることになった経緯を教えてください。

最初は、平成の復元に携わった方々に声がかかったそうです。その後、私たち壺屋焼の職人たちにも話が来て、「これだけ大きな作品を作れるのは、やちむん家じゃないか」ということで依頼が決まったと聞いています。

職人は4人いて、それぞれが担当しながら制作しました。全部で8体作り、そのうち6体が選ばれました。現在は首里城屋根に4体、下(ミュージアムショップ球陽前)に2体の計6体が配置されています。

最初に依頼を受けたとき、どんな気持ちでしたか?

2019年10月に首里城が焼失して以来、少しでも復興に携わりたいという思いを抱いていました。そのため、鬼瓦制作のお話をいただいたときは、復興のお手伝いができることを素直にうれしく感じました。

一方で、制作を進めるにつれて、首里城は沖縄だけでなく日本全体の宝であり、その鬼瓦を担う責任の大きさを強く実感するようになりました。期待に応えなければならないというプレッシャーもありましたが、精一杯制作に取り組みました。

制作で最も苦労した部分は?

平成期に制作された鬼瓦を単純に模倣するのではなく、より古い資料に基づく復元方針に従い、沖縄県立芸術大学の関係者が制作した原型を陶器で忠実に再現する必要がありました。

普段のシーサー制作では、自分なりの個性や作風を生かしますが、今回はそれらを抑え、寸法を測りながら同じ造形を複数制作しなければなりませんでした。特に苦労したのは顔の表現で、何度も修正を重ねました。

なかでも最も難しかったのが目の表現です。通常のシーサーは、一点を見据える黒目によって「見られている」と感じさせる力強さを表現します。しかし首里城の鬼瓦には、「四方八方を見守る」という役割があります。そのため、特定の一点ではなく広く周囲に目を配るような表現へと切り替え、その違いを形にすることが難しかったです。

完成した鬼瓦を見たとき、どんな思いが込み上げましたか?

今回は原型を忠実に再現する作業だったため、制作当初は「自分の作品ではない」という感覚がありました。しかし、制作を重ねて完成した姿を見たときには強い愛着が芽生え、まるで「自分の子ども」のように感じるようになりました。

また、自分が携わった鬼瓦が首里城の一部として長く残り、多くの人の目に触れることを大変誇りに思っています。子どもたちにも胸を張って伝えられる仕事に携わることができたと感じています。

シーサー職人として

シーサーの魅力とは何だと思いますか?

沖縄では、シーサーは外から訪れる災いや悪いものを食い止める存在として、屋根や門などに置かれてきました。シーサーは単なる置物でも、遠い存在の神様でもありません。家族の一員のように暮らしに寄り添いながら、家や人々を見守る身近な守り神であることが、その大きな魅力だと思います。

新垣さんの作品ならではの特徴やこだわりは?

私が制作するシーサーは、すべてオーダーメイドです。お客様との対話を重ねながら、設置場所に合わせて大きさや表情、目線の向きなどを細かく調整しています。また、ご家族それぞれの想いや願いを作品に込め、「魂の入った守り神」としてのシーサーづくりを心がけています。

制作そのものは常に楽しいのですが、何カ月もかけて作り上げた作品が焼成の段階で割れてしまったときは、本当に悲しい気持ちになります。一方で、最も心が躍るのは、制作を始める瞬間、シーサーの形が立ち上がってくる瞬間、そして窯出しをして色が入り、完成した姿を目にする瞬間です。

制作を続ける原動力は、「同じものを作らない」という探求心です。日々の成長を感じながら、「もっと良く、もっとかっこよく」を追い求め、10年以上にわたって制作を続けています。

伝統を守ることと、新しい表現のバランスをどう考えていますか?

昔から作られてきたシーサーは、3頭身や4頭身など、さまざまな造形があります。私自身は、魔除けとしての力強さや怖さを感じられるシーサーが好きなので、少し動物らしい姿にしたり、頭を小さめにして体を筋肉質にしたり、表情をより迫力のあるものにしたりと、自分なりの表現を取り入れています。

また、色使いにも挑戦していて、従来にはない色やまだら模様を取り入れることもあります。最近の展示会では、シーサーと星座を組み合わせた作品も制作しました。例えば山羊座や射手座をモチーフにするなど、新しい切り口でシーサーを表現しています。

そうした取り組みを通して、これまでシーサーに関心のなかった人にも興味を持ってもらえたらうれしいです。伝統を大切にしながらも、新しい表現に挑戦することで、シーサーの魅力をより多くの人に伝えていきたいと考えています。

若い世代だからこそ挑戦したいことはありますか?

シーサー文化を海外にも広めていきたいと考えています。SNSで発信を続けていることもあり、海外からお問い合わせをいただき、実際に作品を制作して送ったこともあります。

ただ、シーサーは陶器のため、輸送中に割れてしまうことがあり、それが大きな課題だと感じています。そのため、将来的には現地へ足を運び、その土地の土を使い、その土地の窯で焼成しながら作品を制作してみたいと思っています。

沖縄のシーサー文化を伝えるだけでなく、現地の文化や素材とも融合させながら、新しい表現に挑戦していきたいですね。

やちむん家について

やちむん家

読谷村にあるシーサー工房

「やちむん家」 は、力強い表情と温かみのある造形が魅力の手作りシーサーを生み出す人気工房。伝統技法を大切にしながらも遊び心あるデザインが多く、工房併設のショップでは、新垣光雄さんの作品やオリジナルシーサーTシャツが購入できます。
【所在地】沖縄県中頭郡読谷村字座喜味789-1
【営業時間】10:00〜18:00
【定休日】日曜
【駐車場】販売所入口付近にあり
【電話番号】098-958-6994

公式ホームページはこちら

まとめ|未来へつなぐ守りのかたち

首里城正殿の鬼瓦は、単なる建築装飾ではありません。そこには、建物を守り、人々の暮らしに寄り添ってきた先人たちの願いと、時代を超えて受け継がれる技術が込められています。そして、その想いを現代へつなぐのが、シーサー職人・新垣優人さんのような作り手たちです。

失われたものをただ元に戻すのではなく、その歴史や文化的な意味を理解しながら、新たな命を吹き込んでいく。その姿勢は、首里城復元そのものにも重なります。鬼瓦に刻まれた力強い表情の奥には、沖縄の文化を未来へつなぎたいという静かな決意が息づいているのかもしれません。

首里城を訪れる際には、ぜひ屋根の上にも目を向けてみてください。そこには、琉球の歴史と職人の魂、そして未来への願いを宿した「守りの象徴」が、変わらず人々を見守っています。

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掲載日:
2026.06.29

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