世界遺産特集

琉球王国へようこそ~沖縄の世界遺産~

15世紀半ばから約450年間、かつて沖縄には首里城を中心とした王国がありました。2000年にユネスコの世界文化遺産に登録された「琉球王国のグスク及び関連遺産群」は、アジアや日本の影響を受けながらも島国として独自に発展した王国の文化、信仰に触れ、城跡やその建物様式からは琉球王国の歴史的背景や琉球の人々の英知を感じることができます。

今帰仁城跡(なきじんじょうあと)

三山時代の北の覇者、北山王の居城

今帰仁城跡からは、琉球王朝発祥の地と言われる伊是名島と伊平屋島の島影が正面に見え、よく晴れた日には与論島を見ることもできます。
起伏にそってなだらかな曲線を描く城壁は、1500mもの長く美しく優美な姿で万里の長城を思わせます。

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座喜味城跡(ざきみじょうあと)

琉球王国の安定に貢献した要塞の城

座喜味城は15世紀の始め頃、護佐丸によって築城されました。
独特の曲線を描いて積まれた城壁は、地盤の弱い赤土の台地にあるため城壁のカーブを大きくし、台地を掘り込んで石垣をぶ厚く積み強固に築かれました。
城壁からは残波岬が望め、晴れた日には遠く慶良間諸島も眺めることができる標高120mの丘陵に立地し、城壁に上ると遠く本部半島や伊江島も望めます。

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勝連城跡(かつれんじょうあと)

岩山に築かれた古城

北は金武湾を囲む北部の山々やうるま市の離島を望むことができ、振り返れば、知念半島や久高島、護佐丸の居城であった中城城跡が一望できる景勝地。
勝連城跡の標高は約60m~98m。
城壁は、自然の地形を巧みに利用しながら、石灰岩の石垣をめぐらせています。

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中城城跡(なかぐすくじょうあと)

動乱の時代を生きた名将・護佐丸の城

南に中城湾、西に東シナ海が望める標高160mの高台にある中城城跡。
自然の地形を巧みに取り入れ、曲線を描く城壁が美しく、野面積み、布積み、あいかた積みと3種類の石積み手法を見ることができます。

 

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首里城跡(しゅりじょうあと)

琉球王国の栄華を象徴する城

首里城は、国王とその家族が居住する「王宮」であり、王国統治の行政機関である「首里王府」でもあり、祭祀(さいし)の場所でもありました。
首里城では薩摩役人や、中国皇帝から派遣された冊封使をもてなす事が、重要な政策の一つであった為、芸能・音楽が盛んに演じられていました。また、首里城正殿の艶やかなベンガラ色は、漆塗りであり、巨大な琉球漆器といえます。

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玉陵(たまうどぅん)

歴代琉球国王が眠る陵墓

玉陵は琉球王家(第二尚氏王統)の陵墓。
墓室は自然の岩盤を利用した造りで 洗骨前の遺骸を安置した中室、洗骨後の王と王妃を納骨した東室、その他の王族を納骨した西室と3つに区分されています。
魔物の侵入を防ぐために門をずらしたり、墓庭には清めとして枝サンゴの破片を敷き詰めています。

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園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)

国家の安全と繁栄を祈願した石門

園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)は1519年に築かれた門で、王家の拝所として使用されました。国王が城外に出る時に道中の安全を祈願したり、聖地を巡礼する行事や最高神女(のろ)・聞得大君(きこえおおきみ)の即位式も最初にここを参拝したといわれています。木の扉以外は琉球石灰岩で作られています。

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識名園(しきなえん)

識名園がつくられた背景

識名園は1799年に造営された王家の別邸で、中国皇帝の使者である冊封使をもてなす場としても利用されました。
中国と日本の庭園の様式をミックスし、沖縄独自のデザインを加えて作られています。 
識名園全体の広さは41,997平方メートル(約12,726坪)で、そのうち御殿をはじめとするすべての建物の面積は、合計で643平方メートル(約195坪)と広大な敷地になっています。

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斎場御嶽(せーふぁうたき)

琉球王国最高の聖地

御嶽とは、神を祀った聖地の事です。
御嶽にはその集落の先祖を祀ったものやニライカナイ(海の彼方の理想郷)への遙拝所があります。
御嶽の中心となる「イベ」と呼ばれる場所には、神社のように建物はなく、石や木などの自然物しかありません。
御嶽の祭祀を行うのは女性で、男子禁制の聖域でした。

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